2015年4月12日 復活節第2主日礼拝

聖書箇所    マルコによる福音書6章30-44節 

 

説教   5つのパンと2匹の魚

今、読んでいただいた聖書の物語は「5000人の給食」あるいは「5000人の供食」と呼ばれています。5つのパンと2匹の魚が主イエスの手によって裂かれ、弟子たちの手に渡され、そして配られた。するとそのわずかなパンと魚が5000人もの人々を養い皆が食べて満ち足りるだけではなくて、残りのものを集めると12のかごがいっぱいになる程であったというのであります。この不思議な物語は、旧約聖書の故事を思い起こさせます。

昔、イスラエルの人々がモーゼに率いられてエジプトから約束の地へと、荒れ野の旅をしたことがありました。厳しい旅だったようです。その途中で食べ物が不足して、皆が不平を言い出す、という悲しい出来事が起こります。主導者であったモーゼに詰め寄って、自分たちは奴隷であったけれども、エジプトにいた時の方がずっとよかったと言って文句を言い出す−後ろを振り向いたのでありました。その時、神様は天から食物「マナ」を降らせて人々を養われた、というのであります。1日に必要な分だけ、しかし毎日お与えになってイスラエルの民を養われました。今でもあるのか知りませんが、赤ちゃんの食べ物で「マンナ」というビスケットのようなものがありますが、これは旧約聖書のこの「マナ」から名前がとられたと聞いています。イスラエルの人々を養ったマナは白く甘いウエハースのようなものだったと聖書は説明しています。このマナに養われてモーゼとイスラエルの人々は乳と密の流れる地、豊かな安息の地、青草の地にたどり着くことを願ったのであります。

主イエスキリストは今、人々を青草の上に座らせて養われます。天の青草に憩うことを約束なさると共に、その祝福をすでにここに供えられていたのでありました。この不思議な、しかし祝福に満ちた物語は、実は教会の大切な礼典、聖餐式を思い起こさせます。マルコによる福音書6章41節を見てみますと「(それから、イエスは五つのパンと二ひきの魚とを)手に取り、天を仰いでそれを祝福し、パンをさき、弟子たちにわたして配らせ」とあります。5000人の給食が聖餐式であったというわけではありません。聖餐式は主イエスの十字架・復活の後に守られることになるわけであります。しかし、この物語は私たちに、後の時代に行われるようになった聖餐式を連想させ、神の国での食卓、その恵みを指し示すことになっているのであります。パンと魚とが不思議な仕方で弟子たちを通して多くの人々に分かち与えられます。この恵みが分かち与えられるとき、そこに弟子たちが立ち会っていたというのであります。それは彼らが、主が裂いてくださったパンと魚とを分配した、持ち運んだというだけではありません。この出来事のはじめから彼らは、役割を果たしています。彼らの姿を通して人々が主イエスのもとの導かれて来たのでありました。33節に「ところが、多くの人々は彼らが出かけて行くのを見、それと気づいて、方々の町々からそこへ、一せいに駆けつけ、彼らより先に着いた。」と書かれています。弟子たちが休むために人里離れたところへと出かけて行く、その姿を見て人々は主イエスキリストのもとへと急いだのであります。弟子たちの出かけていくところに神の恵みが供えられている、そう見定めたのだと思います。弟子たちにとっては思いがけないことであったに違いありません。ただ彼らだけに用意されたと思っていた休息と食卓の場所に人々があまねく駆けつけて来たのであります。すべての町からそこへ一斉にかけつけた、とあります。すべての町々、村々から人々が集まってくる、このようにして人々は皆、主イエスの御教えと食卓とに与ることになったと書かれています。この大勢の群衆というのは、古くからの解釈によりますと、神のもたらす未来、神の国を待ち望む過去と現在のすべての人々を指していると言われます。そして私たちもこの群衆の中にいる一人一人として数えられているに違いない、というのであります。食卓に与って、その残ったものが12のかご一杯になったと43節に記されていますが、それはイスラエルの12の部族を予想させます。で、この群衆が神の民、神の国を待ち望む民、そのすべての人々のことを指しているというわけであります。

思い出していただきたいのでありますけれども、6章7節に主イエスキリストが弟子たちを伝道にお遣わしになったと伝えていました。ふたりずつ組にして、杖1本のほか、何も持たずにお遣わしになった。その伝道から帰ってきた弟子たち、ですからここでは使徒たちと書かれています。遣わされたものたちという意味です。その弟子たちを待っていたもの、それは今申しましたような、思いがけない、このような主の食卓であった、そのようにこの物語は告げています。

さて、この物語を読みながら気づかされた興味深い言葉を一つ、ご紹介いたします。大切な言葉はたくさんありますけれども、見過ごされてしまいそうな言葉で、大切だなと思う言葉であります。31節の最後のところに、『出入りする人が多くて、食事をする暇もなかった』とあります。「」と訳されていることばであります。食事をする暇がない、これは悲しいことですね(^0^)。食事をする暇がないということばを聞きますと、大変忙しい人が寸時を惜しんで、やっと食事を喉に流し込むというようなありさま、そんな光景を思い浮かべます。そして、お弟子さんたちも同じように忙しかったんだろうと思って、これを読み過ごすのでありますが、ここに用いられている言葉は「よろこび」という調べで語られている言葉であります(they had no leisure so much as to eat)。喜んで時を過ごす、と言い換えることができます。それは日常的な言葉の世界では、たとえば英語では「レジャー(leisure)」と訳されたりします。それですから、「暇」でもいいのですが、一切のことから解放されて、楽しみながら過ごす、ゆったりとした時間という意味であります。ここでは、特別な食卓、喜びの時間として供えられる食卓に与る時のことが記憶されるようであります。手を休め、その手の技を神にゆだね、感謝と喜びのうちに囲むことができる食卓であります。弟子たちは自分たちの働き、自分たちの教えてきたこと、それを全部、自分たちの手の中に持ち続けて、主イエスのもとに帰ってきたことでありましょうか。しかし、今、弟子たちが成してきたこと、教えてきたことをすべて、主イエスに報告する、それらを自分の手から引き離すことができる、主イエスに委ねることができたのであります。

弟子たちはどのような報告をしたでありましょうか。今日の聖書の箇所について、ある先輩の牧師先生がお書きになった文章を読んだことがあります。その方は、弟子たちは喜びと感謝とに満たされて帰ってきたと記されておりました。聖書のどこにもそんなことは書いていないのですから、これは想像に属することであります。しかし、確信をもってそう書いておられるのであります。もしかしたらこの先生にとって伝道というのはいつも喜びと感謝にみたされたことなんだ、そして弟子たちもきっとそうだったに違いないと、そうお考えになったのでありましょう。しかしながら、私は正直なところ、この先生の言葉に素直にうなずくことができませんでした。そのように語ることのできる伝道者をうらやましいと思いました。そのようにありたいとも思うのですが、弟子たちの中に喜びや感謝だけではない、それとは違った姿も見られたのではないかと、どうしても想像せざるを得ないのであります。どんなに立派な伝道をしてきた人であっても心配、失望、後悔といったものから無縁な人はいないのではないかと思うからです。

しばらく前に、よく名前の知られた老牧師が、長い教会生活を振り返りまして、自分の伝道と牧会は失敗だったのではなかろうかと繰り返し、繰り返しお語りになるのを聞いたことがあります。牧師として優れた方で、立派な教会を残されましたが、しかし、自分の伝道は失敗であったのではないかという後悔を口にされるのであります。その言葉の真意を到底私は計り知ることはできませんが、伝道の難しさ、失敗や挫折、心残りや心配、そういうものがいつもつきまとうということについては、わかるような気がするのであります。どうしても消え去ることのできない人間の罪というものを弟子たちも見てきたのではないかと、そう思うのであります。この物語のすぐ前には、弟子たちが伝道へと遣わされているその間の出来事として、ヘロデ王のことが伝えられていました。そこで取り上げられていたことは、神の言葉を携えてきたバプテスマのヨハネを、このヘロデ王は、こともあろうに殺したという苦い記憶を思い起こさせるものでありました。これが、弟子たちの伝道の様子について伝えられるべき場所に記されるたった一つの記事であります。それは、弟子たちが伝道に時期の中で、人間の罪に対面してきたということでありましょう。その悲しみを見てきた、それは決して他人事ではない、自分の罪をも覗き込まざるをえないような経験、そのような経験を伝道の旅路の中で弟子たちもしてきた、自分の記憶の中から消し去りたいと思うのだけれども、そして忘れようとするのだけれども決して消えることのできない、目を閉じればいつも、その悲しみを思い起こす、ですから、よいことも悪いことも、うれしいこともつらいことも、そのすべてを弟子たちは帰ってきて主イエスに報告したのではないかと思うのであります。主イエスキリストはそれをご自分の元にお引き受けになるのであります。主がお引き受け下さらなければ、到底、持ちこたえることのできないことであります。主は弟子たちの報告をお聞きになります。そして、弟子たちには安息と喜びの食事とを供えておられたのであります。食事をする暇もなかった、喜びの食卓を囲む時を失っていた弟子たちに主はそれを用意していて下さった、そう伝えているのだと思います。

この物語の中には、矛盾を抱えた言葉と申しましょうか、腑に落ちない言葉も見られます。その一つは、主が弟子たちにお命じになった言葉です。「あなたがたの手で食物をやりなさい」。これは驚くべき言葉ではないかと思います。なぜなら弟子たちは、杖一本のほか、何も持っていくなと命じられ、パンも袋も帯の中にお金も持つなと言われて伝道の旅に出て行き、帰ってきたばかりであります。ですから、今は全く備えはないはずなのであります。それなのに主イエスは、「あなたがたの手で食物をやりなさい」。とお命じになったのであります。弟子たちはあっけにとられて主イエスに尋ねます。「わたしたちが二百デナリものパンを買ってきて、みんなに食べさせるのですか」。二百デナリでどのくらいのパンを買うことができるのでしょうか。1デナリオンは労働者が1日働いてえることができる賃金だそうであります。その日、1日、自分の家族をやっと養うことができるそんなささやかな金額が1デナリオンであります。ですから200日分の給料、一つの家族を200日養うことのできる額、それで5000人分のパンを買えたかどうか、たとえそれが十分な金額であったとしても、それだけのパンをいっぺんに購入してくるなどということは、誰にとっても到底、不可能なことだったに違いありません。それで、明らかに弟子たちは戸惑いながら、主のお言葉を理解できずに、反論しているのだと思います。主を非難しているかのようでもあります。それはかつてイスラエルの人々が荒れ野でモーゼに向かって呟いた避難にも似ているのではないかと思います。しかし、この不可能で無謀な主の命令は決して一時の戯れではありませんでした。それは弟子たちが与る食卓の恵みの大きさ、主が用意なさる聖餐の恵みの深さ、豊かさを示していたのであります。集まってきたすべての人々を主イエスキリストは、なくてならない糧をもって養われるのであります。

この主が人々を養われたということについて、34節の言葉が心に残ります。こう記されています。「イエスは舟から上がって大ぜいの群衆をごらんになり、飼う者のない羊のようなその有様を深くあわれんで、いろいろと教えはじめられた。」深くあわれんだと記されています。深くあわれむ、というのは、同情するということでありますが、昔のある聖書は、「腑痛む(はらわたいたむ)」と訳していました。それは聖書のギリシャ語を素直に表現している翻訳であります。深く哀れむということは腑痛むことだと、言うわけであります。おなかにこたえるような痛みを伴う苦しみ、あるいは同情、そういうことを少しは私たちも経験しております。だれもが経験していると思います。群衆が飼い主のいない羊のような有様をご覧になって主はご自身の身に、痛みを覚えるほどの同情、深い哀れみを覚えられたと言うのであります。その哀れみの深さから食卓の豊かさが備えられている、聖書はそう、伝えているのだと思います。主イエスキリストは弟子たちを食卓にお招きになります。そこには大勢の人々も招かれて来るのであります。弟子たちはその食事を必要としているものとして、第一に招かれてこれに与るべきものでありますが、不思議なことに、このことのために彼らは主のお働きの手となり足となって仕えることになるのであります。主の哀れみはそのようにしてすべての人に分かち与えらえたというのであります。

ヨハネによる福音書を読みますと、この同じ物語が伝えられております記事に、弟子たちがそこに見いだした五つのパンと二匹の魚というのは、小さな子供が自分のために持っていたお弁当であった、それを弟子たちに差し出したのだということが伝えられています。誠に小さな捧げ物です。それ自身では何の足しにもならない、しかしそれが主によって用いられて食事の奇跡が行われた。弟子たちの眼からすれば何もない、彼らの手の中を調べても何も見いだせない、しかし主はわずかなものを備えておられる、そのわずかなものを持っているものを祝福して、これによって豊かな恵みを表し、群衆をお養いになったのだと、そう伝えているのであります。主の深い哀れみの心が計り知ることができない豊かな食卓が備えられたと聖書は伝えています。そして私たちの日々の労苦にたずさえられている神様の恵みを覚えるものと、教えてくださっているのだと思います。<お祈りをささげます。>

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