2015年3月8日 四旬節第3主日礼拝

聖書箇所    マルコによる福音書 6章 6b-13節 

6bそれからイエスは、附近の村々を巡りあるいて教えられた。7また十二弟子を呼び寄せ、ふたりずつつかわすことにして、彼らにけがれた霊を制する権威を与え、8また旅のために、つえ一本のほかには何も持たないように、パンも、袋も、帯の中に銭も持たず、9ただわらじをはくだけで、下着も二枚は着ないように命じられた。10そして彼らに言われた、「どこへ行っても、家にはいったなら、その土地を去るまでは、そこにとどまっていなさい。11また、あなたがたを迎えず、あなたがたの話を聞きもしない所があったなら、そこから出て行くとき、彼らに対する抗議のしるしに、足の裏のちりを払い落しなさい」。12そこで、彼らは出て行って、悔改めを宣べ伝え、13多くの悪霊を追い出し、大ぜいの病人に油をぬっていやした。

説教   一本の杖

主イエスキリストは付近の村を歩いてお教えになりました。そして十二人の弟子たちを呼び寄せて、二人づつ組にしてお遣わしになったと記されています。今日はここに記されていることを少しご説明させて頂きまして、その後で主イエスキリストが弟子たちにお求めに成った旅の姿、そのことに心を留めてお話をさせて頂きたいと思っております。主イエスキリストは、弟子たちに、ご自分のお働きに仕えるようにお遣わしになります。弟子たちにそのおいだみになったのであります。汚れた霊に対する権能を授けると記されているのがその意味であります。まあ、言うなれば主エスの名代として、代理者としてお遣わしになりました。

十二人とありますけれどもこの十二というのは旧約聖書に記されているイスラエルの神の民を構成する部族の数であります。旧約聖書にありますように、神がお選びとなってその民とし、祝福の器としたイスラエルを意味する数であります。ですから十二人というのは新しい神の民をイエス様がお集めになりおつかわしになったということを伝えています。この弟子たちでありますけれども、主イエスのお働きに仕え、伝道に従事するに相応しい人であったかどうか、誰の目から見てもなるほどと思われる、そのような相応しさを携えていたかどうか、マルコによる福音書を読んでまいりますと、繰り返し気付かされるのは、彼らの愚かさであります。主のおそばに招かれておりますのに、主を理解できずに、誤解する、それは福音書の終わりに至るまで、そのような弟子たちの姿が伝えられています。あのペトロでさえ、サタンよ、引き下がれと、主に戒められたことがありました。あなたは神のことを思わないで人のことを思っていると叱られたのであります。そして、主が十字架におかかりになる日の前夜、大祭司の中庭で、私はあの人、イエスを知らないと、イエスの弟子ではないと言って、主を否んだのでありました。

ある聖書の研究者はマルコによる福音書というのは、弟子たち、すなわち後の教会の柱となります使徒たちに対する批判の書物ではないかと言うほどであります。それ程に、弟子たちの無理解や誤解や愚かさが目に留まります。それが弟子たちでありました。しかし、その弟子たちをご自分の働きに仕えさせるために伝道へとおつかわしになるのであります。立派な弟子となったからお用いになるのではなかったようであります。愚かな者たちをお用いになりました。彼らが十分な理解力を得るまで、あるいは弟子として立派になるまで待ってから、それからご自分と共に行動するようになさり、宣教の技に加える、というのではなくて欠点の多い弟子たち、言うなれば、彼ら自身が悔い改めを必要としている、許しを必要としている、そういう者たちをお用いになったのであります。

二人づつというのも深い意味があるようであります。それは一人よりも二人の方が何かと心強い、ということではないのであります。弟子たちの愚かさ、愚かな弟子たちが用いられる、そうだとすればこの弟子たち一人一人にも主の言葉、許しと励まし、慰めと訓戒とが必要でありましょう。ですから互いに主のお言葉、許しの言葉を取り次ぐために一人ではなく二人であった、二人でなければならなかったということでありましょう。許しと励まし、慰めと訓戒とを取り次ぐことができる交わり、それはいわば教会であります。この時は二人だけですが、その交わりがあって、弟子たちははじめて主の御用にあたることができる、それが弟子たちでありました。そして弟子たちが赴く先々、村々町々で弟子たちの語る言葉に聞く人々、その語り部のとどまる家が備えられることになる、10節に「どこへ行っても、家にはいったなら、その土地を去るまでは、そこにとどまっていなさい。」と主が仰せになっておられる言葉があります。その家は弟子たちをサポートする、寝泊まりさせるというだけでなくて、何よりも主のお言葉を聞き、許しと励まし、慰めと訓戒とを取り次ぐ家となるということでありましょう。そしてその町には神の民が集められ、神の国が、神様の恵み深いご支配が知られてまいります。

11節に「足の裏のちりを払い落しなさい」とありますが、そこはまだ神の民、主の言葉を聞く交わりが生まれていないということを示すしるし、証として、主イエスキリストはそうするようにと仰せになったということのようであります。昔、信仰深いユダヤの人々は、異邦人の土地に足を踏み入れますと、自分の足が汚れると考えておりまして、その地域を出る時、足の埃を払い落としたそうであります。その様子を遠喩を致しまして、弟子たちが足の埃を落とすということは、ここはまだ、神の国の訪れを知らないところである、あなた方を神の国を知らないでいる、そのことを示すために、主はそうするようにと言われたということであります。弟子たちは出かけて行って悔い改めさせるために、すなわち、まことに神の前に人々を導くために、そして神の国に生きることになるようにと、福音を宣教したというのであります。

それでこの弟子たちを送り出す時に主イエスキリストがお命じになった旅路の装いのことがこの箇所にはしるされているのであります。「また旅のために、つえ一本のほかには何も持たないように、パンも、袋も、帯の中に銭も持たず、9ただわらじをはくだけで、下着も二枚は着ないように命じられた。」そう言われたというのであります。杖というのは、言うまでもありません。旅人の足取りを支えるものであります。草むらにはへびなどのようなものと隠れておりますでしょうし、時には狼のような獣に出会うこともあります。その時、杖はそれらを払うものであります。そのようにして旅人の足取りを支える、それが杖であります。袋というのは旅のために必要なものを入れるバッグであります。その中には、パンやお金や予備の下着なども入れるのであります。それらもまた、全て旅人の道行を支える保証のなるのであります。旅人の装備です。しかし、これについては一切持たないようにと、主イエスキリトは言われたのであります。下着二枚を着るなんていうことは、何か、体がムズムズしてきそうな話でありますけれども、下着というのは体を羽織っております上着の下に着る、体を羽織るものであります。ですから、贅沢な装いをして行くな、ということなのだと思います。

仏教徒で亀井勝一郎(1907年(明治40年)- 1966年(昭和41年)、昭和期の文芸評論家)という人がおられました。よく知られた方でありましたけれども、日本を代表する知識人のお一人でありました。この方の書かれた本の中に、ご自身がまだ、道を探していた頃のことについて綴っている文章があります。聖書に親しみ、キリスト教にも近づかれたようであります。ところが、この方は今日私達が読んでおりますイエス様のお言葉に強くひっかかりを覚えたというのであります。そしてこの主の言葉を生き抜くことは到底できない、そう悟ってキリスト教から離れて仏教徒になったとそう記しておられます。聖書に誠実に向かい合った方であったということでありましょう。この方に言わせればキリスト教徒だと自認するひとは、この主の言葉について明確な理解を持ち、実践を示していなければならないと、いうことになるのかも知れません。確かに他人事として、このイエス様のお言葉を聞き流すことはできないように思います。しかしながら、主がここでお求めになっておられるのは、何を持つべきか、何を持ってはならないのか、そういう外面的なことではなさそうであります。聖書の研究者はこんなことを教えてくれます。イエス様もお言葉の背景には、ユダヤのタルムードの言葉があるというのであります。タルムードというのは旧約聖書の律法を理解し解き明かしていく重要な言葉が綴られているものであります。その背景にある言葉というのはこういう言葉です。「神殿に行く時には杖、靴、財布を持って行ってはならない。また、汚れた足で行ってはならないと、そう教えられているというのであります。神様の宮に入る時、何も持って行くな、そしてその言葉は、旧約聖書のモーゼの物語に由来していると言うのであります。モーゼがシナイ山で神様の御臨在に触れます。その時、靴をぬぐことが求められました。履物を脱ぎ捨てて立たなかればならないところに立ったのであります。それは、神の御前です。イエス様はここでお命じになっているのは、あなた方は常に神と共にある、神のおられる所を旅する、神の御前、それがあなた方の旅である、そう教えておられるというのであります。主イエスキリストはそのような旅を弟子たちために備えられた、神の前に立つものとして、神と共に歩む旅人としてお遣わしになったというのであります。そしてその神の前に立つ歩み、その歩みが町々、村々に広がるのであります。弟子たちは二人づつ組になり、主の名代として、代理として神の国を述べ伝え、広めるために全土へと、この時、遣わされたということであります。

この弟子たちにお求めになった旅の姿について、ふたりの人の言葉をご紹介して、共にこの言葉を分かち合いたいと思います。お一人は、矢内原忠雄という方の言葉であります。戦後、東京大学の総長をなさった矢内原先生であります。ご存知のように無教会の指導者でありましたが、聖書の解説書の中で、この弟子たちの姿について短くお書きになっております。旅姿は簡単に、行動は自由に、春風の吹くように飄然として来たり、飄然として去ることが伝道者に相応しい。伝道者は神に遣わされ、神の守りの中にあるものだから、身軽に旅行するのがよい、飄然として身軽に、そう書かれているのであります。私は最初、この文章を読みましてすぐには納得できませんでした。何か軽々しい解説に思われたのであります。牧師は時々、転任を致します。長く一つの教会に仕える、そして伝道者としての生涯を全うするという方もおられますが、大概は何度か、転任するものであります。その理由はいろいろでありますけれども、しかし、決して軽々しく移動するというわけではありません。祈って、そしてそれがよいことであるという確信を与えられて新しい召命に向かうのであります。ところがどんなに深い理由があっても転任するということはいろいろと波紋を引き起こすのも事実であります。教会の信徒の方にとっては、牧師は軽々しく移動していってしまうものかと、そう感じることもあるかも知れません。そういうことを、つらつらとしてどの牧師も感じるわけであります。ですから飄然として身軽にという矢内原先生の言葉には戸惑いを覚えるのであります。そうではありますけれども、よくよく考えてみますと大切なことが語られていて、主のお言葉を解き明かす、そういう言葉であるというふうに思われるようになるのであります。

身軽さ、それは執着しない心を指しているのではないかと思います。殊に自分の手に持っているもの、手の中に握っているものに執着しない心であります。神学校に入りまして初めの頃のことですが、ある先生が私達にこうおっしゃったのを今でも記憶に留めています。君たち、藁を掴んではだめだよ。溺れるものは藁をも掴む、そう言うけれども、その藁から手を離さなければ信仰のことはわからない、そう言われたのであります。私達はいろいろなものに執着します。自分の手の中にあるものを見て、どうしてもこれがなければだめだ、これが頼りだと言ってしがみつく。それが自分を支えると思い込む、そして私の手の中にあるもの、これを私が失うことのないようにと神に祈ったりもします。それを奪われることになると必死に抵抗を示す、ところが自分の手の中にあるの、自分が持っているものが、本当は貧しく愚かなものであった、藁に過ぎないものであったということを、時として気が付かされるのではないかと思います。私達が所有しているもの、それは主の目から見れば藁のようなものなのではないか、矢内原先生は、旅路は簡単に、行動は自由に、春風の吹くように飄然として来たり、飄然として去ることが伝道者に相応しい、伝道者は神に遣わされ、神の守りの中にあるものだから、身軽に旅行すればいい、そう記しておられるのであります。飄然として身軽にと、ちょっと身軽というのは私には難しいですけれども、矢内原先生の言葉を心に留めなければならない、そう思うのであります。

もう一人の人というのは、犬飼道子さんであります。「聖書の天地」という厚い本を書いておられ、多くの人に読まれておりますけれども、その中で、イエス様が述べ伝えられた神の国について記している箇所があります。ある神父さんが話したことを紹介しておられるのであります。こういう文章、言葉です。「神は、ああ、なんと細やかな配慮をなさるお方か、幼子のようでもなく心のさして貧しくない人にも、老いという賜物によって、幼子の境地と貧しさとを与えて下さる。記憶の喪失、理性の鈍化、中風や脳軟化症、学識を誇った者も一夜にして幼子のように何も理解し得なくなる、下の世話までひとから受けなければならなくなる、加えて幼子の愛らしさとは程遠い老いの醜さが、幼子には喜んで差し伸べられる人の手を遠ざけます。それが貧しさでなくて何であろう。幼子のように貧しく、心貧しくと主は言う。神の国が幼子と貧しい者のためなら、老いはその両方を一度に恵んでくれる恵みである。それは神の時、神の時なのだと思う。人目につかぬ深いところで、神の国の種が猛烈な勢いで新しく生まれることへと変化していくことになるだろう。信仰のこころで老いということを受け止めることばでありますが、それは弟子たちの貧しさを自分の事とされる、そういう経験でもあるのだ、ということを述べておられるのであります。そして、神の国の種が猛烈な勢いで新しく生まれる、新生へと変化するとき、それが老いである、そう言っておられます。犬飼さんは、この言葉を引用なさいまして、聖書の思想の染みこむ土地では、神の時を身に刻む者なればこそ、老人を敬い、愛し、仕える社会を生み出していくだろうと、そう記しておられます。主イエスキリトは弟子たちに杖一本の他は何も持たないで、でかけていくようにとお命じになられました。そう記されておりました。心に留めて神様を賛美したいと思います。お祈りを致しましょう。

 

 

 

コメントする

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です